バンドを終えて その③ 完
pajama d'redドラムのすけちゃんは配達のバイト先に入ってきたブルーハーツ好きな専門学生の男の子でした。
その頃髪型は、小学生の男の子!って感じで
元気良くて
ひとなつっこくて、
西成のおっさん!みたいなおっさんばかりのバイト先の人気者に気が付けばなっていました。
よくライブにも見にきてくれました。
姫路から、
大阪に来る口実として熱帯魚の専門学校に入学して
バンドをやるために大阪にきました。
年末はバイト先のみんなですけちゃん家で鍋したりして(蕎麦の配達やから年末やばいぐらい忙しくて、深夜2時に店閉めてみんなですけちゃん家直行!って感じで楽しかった)
仲のいい後輩でした。
僕がGRIMM AND GRIMMをやめ、バンドやるなら一緒にやりたいみたいな話になって。
色々模索した結果、
はじめはすけちゃんにドラムを教えてツーピースバンドとしてやるつもりでpajama d'redという名前を決めました。
ギターの愛ちゃんは原ZINのギターのアキラの幼なじみで、
高校の時にライブハウスで知り合いました。
しばらくしてGRIMM AND GRIMMの時、住んでいた家の近くの居酒屋でバイトしていたところたまたま再会して、そっからちょくちょくライブにもきてくれるようになりました。
愛ちゃんは
すんごい自我がつよくてうるさくて
話しててもなんか馬鹿にされてる感じがして
頭の中がいろーーんな考えでぐるぐる回ってるような大変な性格を持っている女の子でした。
一時期、ぶんぎゃぶんぎゃ愛ちゃんってあだ名をつけてたぐらいでした。
そのうちソフランの彼女になって
すぐにソフランと別れて、暇そうにしていたところを試しにpajama d'redに誘ってみることにしました。
こんな適当に誘ってもやってくれました。笑
ずば抜けてる女の子って、、、笑
我ながら完璧な誘い文句やったし適任やったわ、、、笑
条件は、2年後にやめるって事でした。(楽しかったのとめっちゃ仲良かったから半年ほど延びたけど!)
はじめはベースを探したり色々模索しましたが結局この3人でベースレスバンドとしてやろうって決めました。
歌物のメロディにブッチャーズみたいなサウンドで、ギターウルフみたいなライブパフォーマンスをするバンドをやろう。
これがpajama d'redのコンセプトでした。
僕が数十年前の北海道のシーンが大好きやったんで
初ライブは北海道でしました。
2枚目のアルバムは北海道出身のDMBQ増子さんにプロデュースをお願いしました。
愛ちゃんが辞めるとき、お客さんがいっぱい来てくれました。
ベースの田吾作は
初めのツアーが終わった次のライブで対バンして以来
ずっとメンバーに入りたい入りたいと言ってくれてました。
愛ちゃんの2年期間がおわり、メンバーどうしよっかなと悩んでいたところ一番最初に思いついたのは
ずっとメンバーに入りたいって言ってくれてた田吾作でした。
パジャマの休止の理由はざっくりと
すけちゃんが僕とやり続けることに疲れちゃって、
それに対して、それでも僕がバンドを引っ張るっていう気持ちがなくなっちゃって、
それと同時に田吾作がバイト先に騙されて社員になって忙しくなって彼女にフられて家追い出されたタイミングが重なったからです。
笑笑笑笑
なんか文字に起こしてみると最悪やん笑笑
そりゃ止めた方がいいわな。笑笑笑
もっというと、
すけちゃんは僕がどんなに理にかなったポジティブなことを言っても
なぜか振り切って間違ったネガティブな方向にしか理解しなくて
田吾作は何を聞いても言い訳みたいな答えしか返ってこなくなって
落とし所に落ち着かせようと思って話せば話すほど変な方向に誤解が進んでいって
これは正直詰んだな。って思いました。
でも、
田吾作はまだまだやりたがってるし
せっかくいいバンドなんで
とりあえず休止期間は最大1年を目処にしようと約束して
すけちゃんの気持ちとか仕事とかそのときの僕の状況とかの
タイミングが合う時にまたやりたいなと思います。
(本音を言うと二人にはもっと成長して欲しい。。。笑)
1年以上誰かとずっと一緒にいると
その人の
自分しか知らないこう言う部分やああ言うがたくさん出てきて、相性合う人間でもきっと思うところはたくさん出てくるんやと思うんですよ。
共通の知り合いとかに聞いても、その人は長年毎日一緒にいるわけじゃないから
共感してもらえる人なんて現れなくて。
それでいて他人の言う浅い感想を鵜呑みにしてしまったり。されたり。
結局は自分自信が何を思うかしか信じちゃいけないんです。
バンドを終えて。
僕はそれを学びました。
哲学みたいな話にまとまってしまった!!!
(SNSとかメディアとかでも、どっかの誰かが書いた人の情報を鵜呑みにしたらあかんのです!だから僕のブログに出てくる人たちもあくまで僕の主観でしかすぎません!)
本当に、今あるバンドなんてみんながみんな奇跡的に成り立ってるもんやと思います。
僕も含めいままで一緒にバンド組んできた人たち全員が全員
それぞれ別方向にめっっっちゃあほでしたし笑笑笑笑
あほでめっちゃ好きでした。
トレインスポッティングに出てくる仲間たちみたいにめちゃくちゃな奴らばっかでしたけど
みんな大切な仲間でした。
平気でけなすし、あいつはね!!!みたいにおもしろ話のネタとして話すことはありますけど
みんなが何やっても
友達やから仕方ないんですけどね。 笑
いかがでしたか?
3回にわたってつらつらと僕の今までのバンド遍歴を
いい思い出みたいに語ってきましたけど、、。
皆さんはぼくのやってきたバンドの中で、どのバンドが一番良かったですか?
書いてて、こんな、沢山バンドやってきたくせにどれも全く売れてない25歳バンドマンのひねくれた話なんてきいてなにが面白いんだって何度も思いましたけど
思ったより結構沢山読んでくれてる人がいてありがたい限りです。
紹介したYouTubeの動画以外にも
過去の僕は沢山YouTubeにいますので良かったら探してみてください。
バンドを終えて。。
1人になりましたが事務所に入れて。
社会的な立場としての肩書きが、自称ミュージシャンのフリーターから
ちゃんとしたいちアーティストとなり、(まだなにもしてませんが!笑)
僕の音楽人生はどうやらこれからが本番みたいです。
ちょっと話逸れますが
僕の自信の根拠にしてる話があるんですけど
一人暮らしをやめて実家に戻ってきたときに、
占いとかそういうの好きな親が
遠回しに手に職つけて安定しろってことを僕に理解してほしかったからなのか
この先現実を教えたかったのか、
無理やり占星術のすごい先生みたいなところに連れて行かされて占われたんです。
占い結果は親の意に反して
僕は音楽で必ず成功するからもっとやりなさい。でした。笑
しかも音楽や何かクリエイティブなものを作れば作るほど運気が上がるらしいです。
それも2020年の2月から爆発します。とのことで、
(そっから親はものすごく応援してくれるようになりました。笑)
占いにハマった友達や
知り合いの知り合いみたいな感じで会った手相を見続けて四半世紀のカリスマ手相占い師の人など
その筋の人たちが全員揃いに揃って
きいちくんは必ず成功します。2020年2月から大きく良い方向に変わるみたいです。
って言われました。
ちょうど2月に大手の事務所に入れたのできっとそういうことなんでしょう。笑
しかも今年のおみくじは大吉でした。笑笑
(僕自身、オカルトや占いは好きですけど小学生のときにカメハメ派の練習するような感覚ぐらいパブリックでコミカルな感じで好きです。)
そういえば!
事務所が決まることになる直前
一時期話題になった、目撃すると幸運が訪れるというあのちっさいおっさんも見かけました。(これまじなんです!!ひとり東京の寿司屋で寿司食ってたら見ました!!信じてください!!!)
なので僕は必ず売れるみたいです。笑
誰も未来のことはわからないですけど、そんなこんなで自信はあります。笑
音楽やる以上はやっぱり売れないとって思ってますから、頑張るんでよければ見ていてください。
応援していただけたらありがたいです。
これからは今まで以上にたくさん音楽を作っていきますし
クリエイティブなものをたくさん作っていきます。
ご期待いただけると幸いです。
最後の占いの話はバンドを終えてのテーマから脱線しましたけど、笑
また気が赴くままにブログも更新してきたいと思います。
その①から最後まで読んでくれた方ありがとうございました。
おわり。